定年を5年後に控えた55歳の春。
 
  会社の休暇制度を利用して二〇日間の一人旅に出た筆者。
 
  行き先も目的も気の向くままにあてのない旅。 

  旅先で見たもの、感じたものは何か?・・・。



A湖畔の宿

4月12日(金) 8時40分出発。 今朝は寒い。
マイナス30度の寒気団が南下したせいで二月の気温だそうである。 
昨夜降った雨は丹沢では雪となったようで、今見ると、遠い山の頂が白く縁取られている。
国道246を横浜から、東名厚木インター方面に下りながら、はじめて口笛を吹きたくなるようなウキウキした気分になってきた。
楽しいはずの旅なのに、出発直前までは今一つ気分が重かった。
何でもありの気ままな旅というものは、裏返せば、期待に胸膨らむ目的もないということでもある。
だがそれは気分の重い本質的理由ではない。 
定年後の人生を見つけたいと思って旅に出ることにしたのだが、これまで放置されてきた大問題の答えがそう簡単にでるわけはないのだ。
おそらくこの宿題がどこかで気分を重くさせていたのに違いない。

しかし、いざ出発してみると、旅の非日常性開放感が急速に支配的となり、
『ほんなもん、どうでもええんじゃ』とばかりに浮かれてきた。
前を行くトヨタマリノが、カーステレオのボリュームを目一杯上げて、ドックンドックンいいながら走っている。
少し渋滞気味なのでモロに聞こえてくる。 
こいつら自分が音に酔いたいのではなく、こういうサウンドにノッてる自分を誰かに見て欲しいのだ。 
その証拠には大抵窓を開け放ち、外部に音の迷惑をまき散らす。 
軍歌を流しながら走る、右翼の街宣車と大差はない。
普段なら、8時20分の眉を9時15分くらいにひそめるところだが、今は 『全面的に許したるぞ!』という寛大な心になっている。



12時27分 浜名湖SA着。 昼食。 風が強くてうっとうしいが桜はきれい。
尾張一宮、木曽川、長良川と走り抜け、15時18分 養老SA着。
ここまで377キロ走って少し腰が痛かったが、花見を兼ねた休憩で回復し、再びハンドルをにぎる。

車が関ヶ原にさしかかった時、突然みぞれがフロントグラスを打ち始めた。
ついさっきまでの晴天がうそのようである。
さすが積雪トラブルで有名な関ヶ原である

20分も走っただろうか、道が下りになったあたりで再び晴れ間がのぞいてきた。
右手に雪に覆われた伊吹山がずっしりとした存在感を持って見えている。

今晩は琵琶湖のほとりのどこかに泊まってやろうと考え彦根インターで降りた。
泊まると言ってももちろん車の中にである。
そのために愛車の日産ホーミーは座席撤去など、寝泊まりに便利な改善が加えられている。 
今思い出しても、座席撤去という作業は大変であった。
狭い空間に手を突っ込み、座席を床に固定しているボルトを弛めるのだが、普通のスパナでは具合が悪いので特別なレンチを購入する必要があった。 しかもサイズ違いの3種類をである。あちらこちらに手をぶつけながらようやくはずした座席は、これがやたらと重く、かさばっている。
置く場所にも困る代物である。 仕方なしに、小さな我が家の和室の、濡れ縁にシートをかぶせて放置してきた。
『おかあちゃんごめんなさい、そのうち片づけます。』

スタンドで給油しながら琵琶湖に出る道を尋ねたら親切なお兄ちゃんが、『しばらく8号線を進み近江八幡付近で湖周道路にでたらいい』と、気持ちのほぐれるような関西イントネーションで教えてくれた。
安土城を右手に見ながら国民休暇村のある湖畔をめざした。 
そうゆうところなら車キャンプに適した場所が期待できたからだ。
日は暮れかけており、時折小雨がパラつく天気なので早くどこかに落ち着きたいのだが、ここぞという場所がなかなか見つからない 
湖畔には良い道路がぐるりとめぐらされていて、随所にパーキングゾーンがあるものと思いこんでいたのだが、さにあらず。
このあたりは対向車を避けるのにも不自由な狭い道が続いている。
湖畔を北上しながらしばらく進んだところにキャンプ場をみつけたが、季節はずれのためか閉鎖されていた。
だいぶ暗くなってきたのでヘッドライトを点灯し、さらに車を走らせた。 
時折、左の木立の間から冷たい湖面がみえる。
いくら走っても、さみしい道が永遠に続くように思えたので、あきらめて引き返すことにした。
往路に、ここはどうかなと思いながら通り過ぎた、観光船の船着き場があった。 あそこで妥協することにしよう。
車で寝泊まりする旅の場合、駐車さえできればどんな場所でもいいようなものだがそうでもない。
できれば静かで、かといって寂しすぎず、トイレがあり、飲料水はタンクを積んでいるのでこれは絶対条件ではないが、望ましくは洗い物などもできる水場がある場所がよい。
そうなると高速道路のSAの片隅とか、無料駐車場付きの公園とか、大抵OKなのが港である。 これまでの経験から、ここらあたりは私がよく利用したベスト3である。 結局、今夜もベスト3の一つに泊まることになる。
到着して車を駐車場に入れる。 がらんとした駐車場には乗用車と軽トラックとワゴン車が1台ずつ停められている。 人の姿はない。
一見したところ観光客などめったにないとみえ、切符売り場や土産物の店などは厳重に閉鎖されており、人の気配もない。
観光船の桟橋のこちら側は小型漁船の船だまりになっており、6隻あまりの船がもやってある。
桟橋の反対側にはヨットが係留されていて、時折風にあおられて大きく揺れ、そのたびにカンカンとなにかの金具の音が響きわたる。  
トイレはある。 ところどころに街灯もついており、さきほどからみぞれ混じりになった雨の線を白く浮き上がらせている。
冷たい景色だが灯りがあるということはともかく有り難いことである。 
山の手に3、4軒の家の明かりも見え、かろうじて静かすぎる場所にならずにすんでいる。
天気さえ良ければ比較的いい場所であるに違いない。

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