シーカヤックで岬をまわりこむと、息を呑むような光景が
僕を待っていた。


Kシーカヤック

4月20日(金)
今日はシーカヤックに挑戦するのにはもってこいの天気である。
管理事務所で申し出ると係員が
「僕はシーカヤックのことは良く分からないんだけど、あなたはカヤックにのったことはありますか?」ときく。
「エエ、マア、四万十川で一日体験しただけですが」と答えると
「それじゃあ大丈夫でしょう、10分後にスノーケルセンターに来て下さい」という。 あまり大丈夫でないかもしれないナと思ったが、
「よろしくお願いします」とだけ言った。

ウエットスーツなどもっていないので、長ズボンとシャツの上から合羽を着て、スノーケルセンターに行くと、係員が、倉庫の奥のほうからシーカヤックを引っ張り出しているところであった。
雑誌でみたことはあるが実物を目の当たりにするのははじめてである。 
リバーカヤックとはあきらかにスタイルが違い、細長い船体にラダー(舵)がついている。
「終わったら舟をあのあたりまで引き上げて置いてください」と言い残し、係員はなんの説明も無く立ち去ってしまった。
どうやって舵をきるのか、コックピットをのぞいてみた。
ペダルがあり、ワイヤーがついているので、これで操作するようだ。
シートにすわってペダルを踏むと、踏んだ方角に舵が切れることが分かった。
なんとかなると自分に言い聞かせ、舟を波打ち際に運んだ。沖の方はいくらか波があるようだが入り江はベタ凪である。
波打ち際で海水が行ったり来たりする範囲は30センチ程度で、そこにチャラチャラと踊る白砂が美しい。

コックピットに入り、スプレースカートをつけ、波の間合いを計り、パドルを竿にして漕ぎ入れた。
ひとたび漕ぎ出すと、だれかと競争しているわけでもないし、漕ぎ続けないと沈んでしまう訳でもないのに、グイグイ漕ぎまくってしまう。
一かき一かきの手応えが心地よく、ツイ夢中になってしまうのだ。
船体が長いのと、舵の効果で、リバーカヤックに比べて、かなり直進性がある。
漕ぐのをやめ、一息つく頃には、サッカーグランド2つくらいの、小さい入り江の外に出てしまっていた。 振り向くとスノーケルセンターが小さくなっている。
浜に向かって左手にもう一つの小さな入り江が有ることが分かった。 そちらに行ってみようかとも思ったが、その前にもうすこし舵を自在に操れるようになりたかった。
全速力で直進し、思い切り舵を利かせると、シュワシュワと波音をたてながら小気味よく旋回する。
入り江の真ん中あたりで20分程漕いでいるうちにシーカヤックが体に馴染んできた。
そこでこの入り江の左右の岸辺を探検することにした。

岸辺には大小の岩礁地帯あり、オーバーハングした岸壁あり、不気味な洞窟ありと、いろいろな表情の場所がある。 そして水深や岩肌のちがいで、水の色も一様ではない。 また湾内にはさしたる波がないのに、そこだけザバザバと、波が岩を激しく洗う不気味な場所もある。
そんな場所も、最初はなんとなく危険を感じて近づけなかったが、やがて勝手知ったる面白い場所のひとつに加わった。
そしていよいよ隣の入り江を攻める時がきた。

岬の部分を回り込むと、息をのむような光景が僕を待っていた。
海底がサンゴの群生地になっている。 大部分は緑色のものだが、所々に鮮やかな赤や、白っぽいものが配置されている。 形はテーブル状のものが多いが、点在する樹木状のものがアクセントになっている。 水深は3〜5メートル程度だがなにしろ透明度が高く、水族館でガラス越しに見ているように、サンゴの微細な構造までクッキリ見えてしまう。
ときおりコバルト色の小魚が群をなして通り過ぎる。
ドキッとするほど大きな、ベラのような魚があらわれることもある。
海藻なのかサンゴなのか分からないが、よくみるとかなりの種類の生物がみとめられる。
三浦半島あたりで素潜りすると、海藻がのたうち回っているところがあり、そういうところは陰気で少し気味の悪い思いをすることがあるが、この海にそういう所はない。 絵本のようなというか、箱庭のようなというか、とにかく楽しげな海底風景である。
松と雑木の林でぐるりと囲まれた入り江の、奥に一カ所だけ浜がある。
幅30メートル、奥行き10メートルくらいのその浜は日差しをいっぱい受けて、ライトに浮き上がったステージのようだ。
日本庭園のように、小さな岩が点々とあしらわれた、水際から、白やレンガ色の小石で覆われた浜辺につづき、背景は緑の林である。
『そうだ、あの浜にあがって昼飯を食おう!』

波打ち際は浅くなっているので、少し手前で水に入り、船を引っぱって浜にあがった。
先ずは、きれいな砂利の上に体を放り出して、仰向けに大の字になった。
太陽がいっぱいで、閉じた瞼を透過したオレンジ色の光が網膜を染める。
起きあがって缶ビールをあける。
プルトップをあける音が、入り江全体にこだました。 ように錯覚する劇的な一瞬である。 一口のんで思わず『クエー』と声を出してしまう。 そして顔をほころばせている自分が馬鹿みたいだ。
おそらく何ヶ月も、人の訪れたことのないであろう、この小さな入り江はもはや俺一人のものだ。
二連梅干しとオカカだけの、堂々とした昼飯は、おかずたっぷりのチャラチャラした弁当などより、この場にふさわしいように思えてうまかった。
しばらく満ち足りた気分の中にいたので、写真を撮ることを忘れていた。
やがてカヤックのそばで、缶ビールをもってポーズをとるなど、他人にはみられたくない、はずかしい行為におよんでしまった僕であった。

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