2度目の行方不明 2010/8/8 

認知症の介護では「拘束」は避けるべきとされているが、私は、目を離す必要があるときは軽い拘束を行う。 
この日も、二階での作業があるので、1階にある食卓のテーブルと椅子を繋ぎ、立つことはできるが出て行けないようにしていた。 
このようにしても、たいがいテーブルのおもちゃいじりに没頭するので、マアちゃんにとって苦痛ではないと判断している。 
安心して2階で仕事をしていて、およそ1時間もたっただろうか。 階下に下りてびっくり。 マアちゃんがいない! 
拘束をのがれ、網戸だけにしていた掃きだし窓をあけて庭に出て、さらに門の外に出てしまったようだ。 
通常、庭に出たとしても、門扉の操作はできないので道路には出られないのだが、あいにくこの日は門扉が開いたままになっていた。
急いで車をだし、彼女の行きそうな方角を中心に探したが見つからない。

以前、雨の日、ちょっと目を放した隙に出て行ったことがあったが、そのときは近所の家の門扉の前に立ち、雨にぬれながらその家に入ろうとしていた。 今回も近所の家の前にいてくれればいいのだがと先ず近場をさがしたがみつからない。 
見当をつけた行きそうな方角ではみつからないので、こちらにはまず来ないだろうと考えられる方向も含め、さらに周辺をくまなくさがした。 
特に交差点では、四方が見渡せて見つけられる可能性が高いので、車を止めてしっかり探す。 
しかし、死角になっているわき道にいるのではないか、また、次の交差点に移る間にさっきの交差点から見える場所に移動してしまうのではないかなど、一箇所にとどまっていない彼女をさがすわけだから、一度と通った道ももう一度確認しなくてはならない。 
範囲は周辺1キロ程になっていたが依然見つからない。 
警察にとどけようか、その前に子供たちに応援をたのもうか、あせりと不安が増す。
家の近くにもどってきたとき道路で洗車している青年がいたので、あまり期待はできないと思いながらもたずねてみた。 
「認知症の家内をさがしているのだけど見かけませんでしたか?」「タンクトップに短パンの女性なんだけど」すると
「それらしい、ぬいぐるみをもった女性が試験場近くを歩いていました」という。
決定的な情報だ。 急いでその場所に行ってみたがいない。 
近くにいた人に尋ねてみたが心当たりはないという。 そのときふと思い出した。 
近所の公園で迷子になったことがあり、まもなく見つけたので大事にはならなかったが、そのときは確か二俣川駅にむかっていた。 
そこで青年が見たという地点から駅のほうに車を進めた。 
いた! 駅まで500mくらいのバス通りのわき道で金網の塀をいじっている。 
緊急停車ランプをつけてかけよった。 私を見てにこっと笑った。 
家の中でスリッパがわりにはいていたわら草履をはいて、ぬいぐるみをしっかり握っている。 
2年前の夏のように夜どうし俳諧してボロボロにならずにすんでほんとうによかった。 
洗車青年の決定的な情報がなければあの日の二の舞になっていたかもしれない。 夜でなかったのも幸いだった。

それにしても予想を超えて遠くまで行ってしまうものだ。 
探すときは、躊躇しないで目撃情報を得るなど、多くの目に助けてもらう必要があることを思い知った徘徊騒動であった。

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